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自分のやりたいこととは何だろうか - part1.フリーター編

自分のやりたいこととは何だろうか - part1.フリーター編
Photo by Meriç Dağlı / Unsplash

ふと、最近ふりかえることがある。「自分のやりたいこと」は何だろうか、と。

ちょっと自叙伝っぽくなるので、読みたい人だけ、どうぞ。

プログラマーを目指し初めた背景

高校生まで漠然と持っていた”自分は特別”感

中学、高校とそれなりにスポーツで成績が残せていたがために、表彰される機会も多く、自然と「自分は特別なのかも」と無意識のうちに考えてしまっていたように感じます。

逆に言えば、中学生まではかなり型(カタ)に厳しい、厳密なタイプだったと思います。もちろんやっていたスポーツ自体も「正しいフォーム」をいかに追求するかが大事だったスポーツだったからです。

「正しいフォームを取れていれば、成果は自然と出る。」

ここで形成されたこの概念は今の自分にも染みついている(成果から追おうとしない)思考のクセのように感じています。

※加えて、成績が良かったので上下関係もそこまでありませんでしたし、自分も上下関係という関係性を嫌って後輩とはフラットに接するコミュニケーションを好んでました。

高校に上がり、その「ルールに従うのは絶対」と思っていた感性は、高校の時にできた悪友によって良くも悪くも概念が破壊されます。その友人は”不真面目”が似合う男でした。

逆にその不真面目と自分のような真面目なキャラがなぜ相性良かったのか、連るんでいたのか、気に入られたのかはわかりませんでした。

最初交流しているうちはイライラすることも多く、「なんでそんなことするんだ」という気持ちが強かったのですが、過ごす時間が長くなるにつれ「ああ、そんなに縛られる必要はないんだな」「結構自由に振る舞ってもいいだな」と学びました。

そして、今の自分を形成するようなフリーなスタイルは生まれたように感じています。

18歳の時に感じた”無能”感

時間は少し経ち、18歳の頃「受験」という大きな壁を前に自分は逃げました。当時は「プロゲーマーになる」だとか「やりたいことがないのに学部なんて決められない」と言って受験をすることから逃げました。

「行きたい学部なんてないけど進学する」というのはあるあるだと思います。その時の教師にも言われましたが、自分は納得できませんでした。

前のセクションの悪友に概念を破壊される前は防衛大学に行くことも考えていました。しかし日々概念が破壊されていくにつれ、その気持ちも弱まっていきました。

そして今考えてみると、自称進学校独特の持つ雰囲気である「何がなんでも大学に行け」というスタイルと、大量の宿題と時間拘束(当時9コマ(1コマ90分)くらいあった)による詰め込み教育に対して合わなかったように感じます。にしても、これは「ゾス」な企業に近いものな気がしています。

プロゲーマーを目指したが、後からくる世代に抜かされ、自己効力感も失って晴れてフリーターのできあがりです。

このフリーター時代の時、最初はめちゃくちゃパワハラする店長の小さなゲームセンターで働いていました。何も教えてくれないのに、なんであんな無能扱いされたのか今も不当だと思っています。マニュアルくらい作ってくれ!

一時期はそこで病み、どっかから飛び降りようかな…と考えた瞬間もありましたが、踏み留まって今なんとか生きています。(突然止めると言ったら給料未払になりました。ただ数年後同じバイトの人が訴訟して勝ち取り、支払いされてました。すげぇ)

その後は今も存続している某ネカフェチェーンで働きました。その企業の理念的なものに「お客様よりも、まずは店員を大切にする。それは、店員が満足していないのにお客様に良いサービスを提供することはできないからだ」というのを聞いて、前述のパラハラ環境にいた自分は強く共感したのを覚えています。

そして、この考え方は今でも自分を形成している価値観の一部だと感じています。

そんなこんなで深夜バイトで入っていたのですが、ある時ふとこう感じる瞬間がありました。

「今の自分って何ができるんだろうか」

18歳。高卒フリーター。無資格。職歴なし(バイトのみ)。

このステータスだけを考えた時、25歳の時にはどうなっているかが不安で不安でたまりませんでした。

将来を見据えた時の”焦燥”感

18歳の時です。当時恋をしていた人がいました。

その人とは付き合うことすらできていなかったわけですが、もし将来的なことを考えるのであれば定期的な収入は必要だよなーという思考が一定ありました。

そして前述した無能感からくる人生への焦燥感です。

この2つが自己を巡っていました。

そんなある時、業務であるレジ締めが毎度電卓で打ち込んでいる所に手間を感じて、これを改善するエクセルを作成しました。実際に集計と打込は電卓が必要でしたが、合算等は電卓でやるとヒューマンエラーの可能性も発生し、むしろエクセルの方が適していました。

自分はその頃はプログラミングの素養はなく、学習して作っただけでしたが完成はし、自分の業務は楽になりました。他のゲーム好きなパートさんにも喜ばれたりしました。ただ逆に「そんなのより電卓の方が正確」と言われ「本当か???????」と価値観を疑った時もありますが、今だと検証作業は数回くらいだったので感覚は正しかったのかもしれません。反省。

そんなこんなでちょうど9年前くらいの今の時期に少しだけ得意意識のあったプログラミング領域(ITエンジニア、と当時はそれくらいの解像度でした)になるために、すぐに行けそうな専門学校を探しました。

2月末くらいに体験入学(オープンキャンパス)に行き、その場でかなり口説かれてしまい、その気になってしまいました。あれもよくある情報商材みたいでよくないと今も思っています。

あれよこれよで1週間くらいで入学を決めてしまいました。

店長に学生になるので来月くらいからはシフトに入れなくなるということを伝えたら、苦い顔はしつつも「頑張れよ」と言われて、その職場を後にしました。

いつかこの店長とも久しぶりに話したいわね…。むこうは覚えていないかもしれないけど。

閑話休題

かなり端折りながら書いてますが、まだまだ長くなりそうなのでここらへんで一旦終わります。しかしながら、学生時代の時に形成された価値観は今も強く残っている(し、軸になっている)ようにふりかえってみて感じます。

某ネカフェの時のバイトさんとは関係は良好でした。今もまだ働いている人がいるので、時々店に行くと挨拶をすることもあります(今もバイトで働いていて心配ではありますが)

しかし、連絡を取っていない人もたくさんいます。そのうちまたどこかで話す機会を作れればよかったりするのかな。(こういうのは自分から誘わないと、だいたい機会はこない)

逆に中学生と高校生の時の人とはあまり交流はありません。当時は人間関係リセット癖があったため、連絡先を全部クリーンにしていたこともあり、今はすっからかんです。あらら。

成人式もフリーター時代からの専門学校生になっているという後ろめたさから行きませんでした。特に後悔はしていませんが、なんかうっすら自分が同窓会やる担当みたいな決めの会があった気もするが…まあ上手くやってるでしょ!

あと、プログラミングの素養はないと言いましたが中学生になる時にC言語の本を買って試してみたことはあります。ただif文の所で挫折して「これ英語先に学んだほうがいいやつだな…」と思ったのは今でも記憶はあります。英語は成績最下位でした。

ゲームが好きなことと、小学生の時からオンラインゲーム(メイプルストーリー)をやっていて、FC2ブログをやりつつ、ウィジェット触りとCSSちょっと触るくらいはやっていたので、素地はあったのだと思います。

そういえば、高校の時に友達から貸してもらったバッグは今でもお買い物の時に愛用しています。ありがとうね、あと借りパクしてごめん。