読書の目的を使い分ける
最近リベラルアーツを暇な時に学んでいます。
思考の幅を広げていけるようにリベラリーを購読しています。なんかもう1つだけの分野(それもかなりニッチな領域だけ)を学んでいても、行き止まりを感じちゃうんですよね。そういう実感もあり、購読しています。
読書観を知る
たくさん講義がある中、まず最初に見た講義はこちらでした。

最近よく目にする三宅香帆さんの講座です。
三宅香帆さんについては、こちらの本を目にされた方もいるのではないでしょうか

おそらくこの講座もこの書籍の内容をかなり濃縮した講義だと(目次を見る限り)思うのですが、歴史とそれに紐付く読書観を体系立て、どの時代にはどういう背景があって、読書というものがどのように取り扱われていたのかを詳細に説明をする講義でした。
この講義を見ていて自分で感じたのは、「本を情報源として扱う」という現代的な読書観を自分は軸に書籍に対して向き合っていた、ということです。
本の利点として「手に取った本の周辺知識についても目に入る」というものがあると講義内で三宅さんが説明をしていました。そこに対して自分は「本は経験の情報源である」と捉えていたため「いつでもどこでもアクセスできるようにし、必要な情報だけいつでも抜き出せるように」という目的でPDF化したり、AIのコンテキストにしたりなどを行っていました。
この読書観が強まっていくと「ゆっくりと本を読む」という行為がしにくくなっていき(現にそうなっていた)、そのうち本を読まなくなってしまうということを理解しました。
この読書観(どちらが良い悪いではなく)を使い分けて読書をすることで、より自分にとって実がある読書をできるんじゃないかと考えています。
純粋に本を楽しむために
講義の中で「新書」というジャンルについて説明をされていました。今まで「新書」というのは「新刊の本」くらいでしか意味を理解していませんでした。
しかし、色々な専門家がわかりやすく時事ネタも絡めつつ説明している日本特有のジャンルで「新書」というものがある、ということを知り自分のニーズとマッチしていると感じました。
なので、その日のうちに本屋へ走り、新書を漁りに行きました。(もちろん、三宅香帆さんの新書をまずスタートに購入しました)
この新書を実本で、特にスキャンピーを通すことなく、純粋に本を楽しむという意味で読んでいこうと思っています。
リベラリーと新書、おすすめです。一緒に学びを深めていきましょう
